最近のトラックバック

2012年3月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

2012年2月28日 (火)

新しい マウントイーデン

ツアーでオークランドへ来た人は、必ず、バスでマウントイーデンに連れて行かれる、、、。
でしたが、マウントイーデンには、バスが上れないようになった。

で、山の下からシャトルバスが出てると言うので、早速、友達と散歩がてら、山まで歩いて行ってきた。

396412_10150654136574185_580904184_
2台のシャトルバスと、暇そうなおっちゃん一人。私と友達の2人だけだったけど、快くサミットまで乗せてくれた。


418396_10150654136694185_580904184_
ちょっと観光客気分だけど、めちゃ近くに住んでるんです、私。

今年の11月には、このマウントイーデンは、オークランド市の所有から、マオリに返されるそうな。
白人がこの国に来る前の山の姿に戻すという事で、草はなくなり、牛もいなくなる。そして、今はバスが入れなくなったけど、11月には、一般車も入れなくなるとの事。(シャトル オンリー)

432177_10150654136809185_580904184_
この山頂の景色も、もうすぐ見納めです。


425937_10150654136959185_580904184_
10年くらい前にレストランだった山の麓にあるこの建物。今、11月に向けて、キオスクに改装中。
お土産や、カフェも入るかもしれないそうです。今日は、中に入れてもらって、色々と説明を聞きました。
山の歴史、、みたいな感じで150年くらい前の山の写真とかが展示してあった。


420527_10150654137099185_580904184_
Whau (ファウ)の木。マウントイーデンの昔の名前、Maungawhau(マンガファウ)は、この木にちなんで名付けられたそうです。Maunga は山。ファウの木の山という意味。
11月には、名前もマオリ語のこの呼び名になるそうです。


私にすれば、マウントイーデンの方が、いいんだけど、、。だって我が家の地名やし、、。
なんか、ちょっと複雑。

マウントイーデンの変身ぶりをまた、ご報告しますね。

2012年2月22日 (水)

クライストチャーチ地震から一年

あの惨劇から一年。
私、日本人にとっては、そのすぐ後に起こった日本の東北大震災、、と連なった。

今日のニュージーランドは、12時51分に、国中がストップした。
公の機関は勿論、ショッピングセンターでも、黙祷の時間がもたれた。
バスは殆どのバスが道路脇に停車。
全国の小学校、中学校、高校でも黙祷の時間がもたれたと聞く。

夜7時のチャネル1(NHKみたいなもん)で、奥田けんとさんの特集をやってた。
(奥田けんとさんは、CTV ビルディング崩壊のあと、足を切断されて救出された)

こうして、当時の映像や、肉親を失った人たち生き延びた人たちの話を聞くと
様々な思いが交差します。
そして、この一年、地獄を生き延びた人たちの明日へと生きる力強い話を聞きました。

人間は、弱い。でも、強い。

ニュージーランドは、今もまだまだ立ち直っていません。
NZは人口も少ない、小さな国です。
クライストチャーチをサポートするため、税金や健康保険、所得税、色んなものが、上がった。
たった、400万人の国、、サポートが大き過ぎる、、。

でもね、
クライストチャーチのレッドゾーンは、今も立ち入り禁止状態。
で、今日、テレビで、地獄を生き延びた人たちの涙ながらの力強い姿をみました。

強い。

弱っている人もいると思う。

でも、どうか頑張って。


2012年2月14日 (火)

娘の旅立ち

娘、セラが巣立っていった。21才(実は、あと1ヶ月で21才)
と、言っても同じニュージーランドの中、ウェリントンでの生活を始めるのですが、、。

ニュージーランドでは、高校を卒業すると、大学は故郷から離れた所で、人生経験をする、、のが、
なんだか当たり前の風潮です。
息子ケインは、18才で日本のJリーグに入ったために、高校卒業してすぐに旅立った。
今は、インドのカルカッタ。

セラの友達も18才から、ダニーデンやクライストチャーチ、ウェリントンと殆どの友達が
オークランドからいなくなった。
セラは3年間、オークランドにいたけれど、今年から大学をウェリントンのビクトリア大学に席を移したわけです。

先週の金曜日(2月10日)に、21才のバースデーパーティ(成人式のパーティ)を我が家で盛大にしたんです。
本当の誕生日よりも1ヶ月、早いけれど、3月から大学が始まるので、友達がまだオークランドにいる間に、、と、1ヶ月早くしました。

で、翌々日、ウェリントンに旅立っていきました。

セラには、私は本当にガミガミと厳しかったと思う。
早くこのうるさい母親から解放されたい、、と思っていたと思う。
でも、凄く優しい子だったから、辛抱強く、私のガミガミも素直に聞いてくれた。

小さい頃から、めちゃめちゃオットリした子だったから、セッカチの私は、ずっとガミガミとうるさくしてしまった、、。

セラは、ウェリントンでの家探しから何から何まで自分で全部手配をして、私は全く、何もしてない。
お金も、国から生活費をローンで組むらしい。

ケインが旅立った時は、自分の部屋をめちゃめちゃ散らかしたまま、旅立ったのに、
セラは、ベッドのシーツも全部洗濯して、自分の部屋の残りの荷物もまとめて、掃除をして出て行った、、、、。
おいおい、もう帰ってこないのかよ、、。

なんか、悲しい。

空港では、涙をポロポロ流しながらも、笑顔で手を振ってゲートから消えて行きました。

3人の子供たち。これで2人が家から出て行ったわけです。
19才のナターシャだけが、残ってるけど、なんか、ナターシャもきっと寂しいんだろうと思う。

人一倍、呑気でボ〜っとしたセラなんで、心配はいっぱいあるけど、頑張って生きていきますように。

セラ。
私には、セラが親友やったんやで。知ってたかなあ。

寂しい。

2011年10月31日 (月)

ラグビーW杯、決勝戦。オークランド ニュージーランド

こんな素敵なビデオを作った人がいます。

http://vimeo.com/31010288

最後の1秒まで、ドキドキドキドキした決勝戦。
オールブラックス 対 フランス。
その試合の、オークランド、ダウンタウン集まったファンたち。

私は、友達の家で観戦したけど、殆ど、このビデオの人たちと同じ感じ。

でも、優勝の後は、みんなパーティでした!


2011年10月17日 (月)

死闘! オールブラックス 対 ワラビーズ 

2011年 ラグビーW杯、準決勝。

オールブラックス 対 オーストラリア。

日本のインターネットの記事を見ていると、「オールブラックス 快勝」みたいに書いている。

そんなもんじゃなかったです。この試合!!

私は、1985年以来、ずっと、オールブラックスを応援してきたけど、
これほど、感激する試合は見た事がない!!
試合の始まる前(と、言うかこのオーストラリア戦の1週間は)、ずっとドキドキしてた。
リッチーマッコウの足の具合のニュースに、NZ国民が一喜一憂した状態。

試合の前は、いつもなら、ビールやワインを飲んで、盛り上がるはずが、
胃がきりきりと痛くて、何も喉に通らないほど、緊張する私。
これまでのW杯で、オールブラックスが、勝てそうな試合に負けて、カップを逃がす度に、
涙を流し続けてきたんです。

この準決勝。
この大会の世界ランキング、1位と2位の試合は、事実上の決勝戦です。
試合前の評価は50%、50%。

試合は、まさに死闘。血まみれの試合に。。
一緒に見ていた人たちが、「Blood and Guts!!」と何度も言った。
血まみれと根性の試合。

私てきには、お互いに死闘だったけど、ミスをしない、ペナルティを与えない、、勝ちのために
ただひたすら、本当にただそれだけに、一つになったオールブラックスが勝ちを取った、、
そんな試合だったと思う。
オーストラリアには、敵ながら、拍手を送りたい。
オーストラリは、先週は、南アフリカと死闘を戦ったんです。
彼らは、事実上の2位です(NZが優勝したら、)

オールブラックスの勝ちと共に、喜び!!と共に、色んな思いが浮かびあがり、
昨日はなかなか眠れませんでした。

この25年の中で、ベストゲームでした!!!
ラグビーの神髄を見た思い。

2011年10月10日 (月)

ミルズ ムリアイナ〜〜〜!!

もうダメ。 
このラルビーワールドカップ中に、何度、こんな悲しいニュースに会うのか、、、。

ムリアイナ〜〜。

昨日、オールブラックスで史上2番目の 100試合を達成した。
(リッチー マッコウが、たった1週間前に、オールブラックス初の100試合を達成)
ムリアイナとマッコウは、いつも同じペースでこの10年間、試合を共にしてきた。
Scczen_a_091011nzhbprwc767_220x147


昨日のアルゼンチンとの試合で、100試合を達成!!
でも、肩を負傷した(ヒビが入ったらしい)。

で、今日、彼のオールブラックス、引退の表明があった
http://www.nzherald.co.nz/world-cup-news/news/video.cfm?c_id=1503167&gal_cid=1503167&gallery_id=122059

できることならば、
決勝戦まで、戦い続けたかったに違いない。今、フィールドを去るには、彼のキャリアからして、どうううしても、悲し過ぎる、、、。
引退表明の彼の涙は、今までの思い出や色んな思いが詰まってるんです。

オールブラックス100試合。
先週のリッチー マッコウと並んで、ムリアイナは、戦ったきた。

マッコウは、デフェンスで花形に出ることは あまりなかったけど、フルバックのムリアイナは、トライに多く絡んでいたから、この10年間きゃ〜きゃ〜言って応援した。
「ムリアイナ〜〜〜〜〜!!!!」
(無理は、言いな〜〜〜〜!!!、て最初は呼んでた)

この10年(多分、7年か8年かも、、、)。
ムリアイナのお陰で、楽しい時を沢山過ごしました。

なんで、ここで、、、、。カーターが去ったあと、この後のオールブラックスはどうするの!!!って、嘆き悲しむ気持ち、、。

彼の涙は、そんな時と一緒にしたくなかっただけに、なんだか、とっても悲しい。

ムリアイナは、来年、日本のNTTドコモへ移籍する。
日本の皆様、どうか、彼を宜しくお願いします。
オールブラックス100試合です! これ、めちゃめちゃ、メジャーです。


ムリアイナ。。。。

素晴らしい思い出を ありがとう!!

2011年10月 4日 (火)

涙。ダニエル カーターの言葉。

今大会、W杯出場なし、、のニュースがあった、オールブラックスの攻撃のかなめの、ダン カーターのプレスインタビューが、テレビのニュースで放送があった。

今朝の新聞の一面にも載っていた。
Scczen_03102011nzhnscarter7_220x147

全NZ人が、悲しみの中にいるものの、誰よりも彼自身が一番、辛い、、。

でも、彼は、インタビューで国民に呼びかけた。素晴らしい笑顔で、、。
「(立ち止まっている時ではない)Move On(今まで通り、進んで行こう)」

「僕も、自分自身、出来る限りの事をして、代わりの10番をサポートしてゆくし、オールブラックスを応援していく」と。

こんな時に、素晴らしい笑顔ができるなんて、彼は、正真正銘の強いオールブラックスサポーターです。
彼の言葉と笑顔で、私も切り替えて、前向きにハッピーモードになってきた!

2011年10月 3日 (月)

ダニエル カーター〜〜〜〜!!!!

悪夢のようなニュースを聞いた昨日。

今日の新聞
Img_0025

カーターを失ったことは、大大大問題。

「カーターなしで、ワールドカップを手にする事ができるのか?」
朝のテレビ番組でも、そんな事ばかり言ってます。
でも、誰が カーターの代わりに10番を付けても、その10番をみんなでサポートして行く。
それが、みんなの考えのようです。

心が、ひりひり、痛み続けるけど、オールブラックスを信じて応援するしかない。

涙。

2011年9月25日 (日)

銀婚式のサプライズ

ちょっと、おのろけですわあ、今回の日記。

我が旦那、ケビンは結構、ロマンチックな奴だったって25年たって初めて思った。

結婚記念日を、スポーツバーで、ラグビーの試合を観戦した私たち。
娘二人に、「サイテ~!!」ってボロクソに言われても、私は、全然気にしなかった。

2日前の金曜日の午後、ケビンが突然、旅行へ連れてってくれた。
「どこへ行くの~??」
ヘタクソな鼻歌を歌いながら運転するケビン。


たった30分のドライブで辿りついた所は、となり町のワイタケレの山の中。
ワイタケレ エステートというリゾート(4つ星らしい)

Id16103thummedium101

へええ、こんな所があったんや~。
部屋には、大きな花束が用意してあった。ちょっと感激。
部屋からは、ワイタケレの山の景色、その向こうに、オークランドが一望できる。

Id16127thummedium101


エステート内の、ブッシュウォークをしてから、部屋のバルコニーで、
数年前に「銀婚式のために」と、150ドルで買ったフレンチワインを、オープン! 
おお、なんとエレガントなお味。
オークランドから、ほんの少し離れるだけで、別世界。

Id16145thummedium101


オークランドは、素敵です。
結構、お洒落な都会だし、素敵な海があり、30分離れれば、トレッキングができる山がある。
ニュージーランドを褒めると大喜びするケビン。
今日は、ハナマル~です。

レストランで食事をした後は、大きな暖炉が燃えるラウンジで、ラグビーW杯のオーストラリアのゲームを見た。
オーストラリアの事をちっとも応援してなかったけど、他のお客が、オーストラリアのスカーフをして応援してたので、一緒に応援して盛り上がった。

Id16270thummedium101
(カメラを持って来なかったので、ここのホームページの写真引用。)


このオーストラリア戦は、オークランドでやってるんです。
盛り上がってるオークランドは、ただ音もなく奇麗な夜景の景色になっているだけなのが不思議な気分。
ワイタケレって不思議なところ。

ニュージーランドは、素敵な所だ。
日本が好きで好きで、、なのにNZへ来てしまった、、っていつも私の心の中にある私。
どんな些細な理由でも見つけては日本へ帰ろうとしている私。
ケビンは、そんな私の気持ちはずっと昔から知ってるから、可哀想だったよね。

そろそろ、NZ人にならなくてはいけないのかなあ。

NZの良い所、いっぱい知ってるし。

結婚25年、Silver Anniversary に思う。

2011年9月21日 (水)

銀婚式

1986年、9月21日 私たちは、結婚した。
今日で、25年。Silver Anniversary(銀婚式)です。

お隣のジョンとジャネイは、銀婚式にボートをハイヤーして友達50人を招いて、ディナークルーズをしたし、他の何人かの友達も盛大なパーティをした。
パーティをしないカップルは、二人でヨーロッパや近場のフィジーなどに旅行へ行く。

で、私たちも、、、と考えてたけど、結局、何も計画なし。

ちょうど、ファンガレイでラグビーW杯の「日本 対 トンガ」のゲームがあるので、観に行こうと思ってたのに、ぐずぐずしていたら完売になってしまった。

まああ、しゃあない。

ちょっと高いレストランで食事でもするか、、と思ってたら、セラとナターシャが。スポーツバーで、「日本とトンガ」のゲームを観るとの事。
結局、家族でそこへ行く事にした(でも、テーブルは分けてもらったよ)

残念ながら、日本チームは負けてしまったけど、とっても頑張ったと思う。
結構、みんな盛り上がってました。

試合を観ながらも、二人で、この25年間のハイライトとか話した。
私は、「ケインが高校全国大会の決勝で、決勝ゴールを決めた時が、一番、幸せだったかなあああ」と言うと、ケビンが「それは、二人だけ事ではない」とか言うので、「うんんんんん」と考えたけど、
やっぱり!
私たちのこの25年は、子供たちがいてからこその25年。
楽しい時も、幸せな時も、悲しい時も、子供たちと全部繋がってるし、だからこそ、家族です。

やっぱり、ハイライトは、子供3人の誕生の時でしょうか。

この25年は、家族として。
そして、これからの25年は、ケビンと二人で、何か新しい事を見つけて生きていけたらいいね! って思います。

銀婚式は、そんな意味で区切りの意味があるんでしょうかしら。

Happy Anniversary!

«スポーツバー